(使用バイオリンの推移、使用者の変遷、ベルがそのバイオリンを手にした経緯&手放した訳、エピソードなど)
/Joshua's Violin by nekorin
バイオリニストは皆自分の楽器に恋をしている。そうでなければあのようにロマンティックで官能的な音色を奏でることは出来ないだろう。
バイオリニストのジョシュア・ベルも例外ではない。ここでは彼が恋した幾つかのバイオリンについてわかる範囲で語ることにする。
1.ジョシュア・ベル使用ヴァイオリンの遍歴
ヴァイオリン銘柄と愛称
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最近の使用者(※所有者は別の場合がある)使用アルバム( )は録音またはリリース月 グァルネリ・デル・ジェス作(1716年製)
Serdet
※ベル所有のヴァイオリンではなく借り物
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【最近の使用者】使用年は不明
…アイザック・スターン⇒イツァーク・パールマン⇒ミリアム・フリード⇒ジョシュア・ベル⇒マキシム・ベンゲーロフ⇒ニーナ・ベイリナ⇒ウラディミール・スピヴァコフ⇒イリヤ・グルーベルト⇒ミハエラ・マルティン⇒シュロモ・ミンツ…(現在はニュージャージー・シンフォニー・オーケストラ所有)
まだCDデビューしていません
グァルネリ・デル・ジェス作(1739年製)
エクス・メニューイン;エクス・エバーショルト
ex-Menuhin;ex-evershort
(ベル所有ではなく借り物)
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【最近の使用者】
ユンディ・メニューイン(1978〜1984)
ニーナ・ベイリナ(1984〜1985)
ジョシュア・ベル(1985〜1987)
ミハエラ・マルティン(1987〜1990)
パベル・バーマン(1990〜1994)…
リーラ・ジョセフォウィッツ(1995〜 ?)…
ウィーンKunsthistorisches 博物館が所蔵(2004〜)【ブルッフ・メンデルスゾーンV協(1986.12)】
【カルメン協奏曲〜ジョシュア・ベルヴィルトオーソ・リサイタル(1986.12)】1718年製ストラディヴァリウス
ギター型
(ラ・カンパネラ…ベル命名)
(1987.9〜1994年)
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【最近の使用者】
…
ジョシュア・ベル(1987〜1994)
…
ティモシー・ベーカー
…
現在Andrew Schaw Violinsで売りに出されている【チャイコフスキー・ヴィエニアフスキーV協(1988・4録音・リリース) 】
【ディボーテ:フランスヴァイオリンソナタ集 (1988.5録音)】
【サン・サーンスV協/ラロ:スペイン交響曲(1988.9録音)】
【ショーソン:ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のための協奏曲/ ラヴェルピアノ三重奏曲 (1989.6録音)】
【チャイコフスキー・ヴィエニアフスキーV協(1988録音)】
【モーツァルトV協第3番・第5番(1991.2録音)】
【詩曲(日本盤タイトル:ツィゴイネルワイゼン〜タイスの瞑想曲)(1991.3録音)】
【プロコフィエフV協第一番・第二番(1992.10録音)】
【プロコフィエフヴァイオリンソナタ第一番・第二番(1993.録音)】1732年製ストラディバリウス
トム・ティラー(Tom Taylor)
(1994〜1996年Stradivari Societyよりレンタル
1997〜2002年所有)
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【最近の使用者】
ウィリアム・フラワー(1837〜)
→トム・ティラー(→ルーシー・ティラー)
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→ベルリンのディラーHamming
→エリック・ラックマン(1927〜)
…
ジャック・ゴードン(1930〜1938)
パトリシア・トラバース(1939〜1954)
…
ジョシュア・ベル(1987〜2002)
マーク・スタインバーグ(2002〜)【ショスターコヴィチ:ピアノ三重奏曲(1994.8録音)/メシアン:世の終わりのための四重奏曲(1996.3録音) 】
【バーバー&ウォルトンV協/ブロッホ:パールシェム(1997.3録音)】
【ブラームス・シューマンV協(1994.5/1994.10録音)】
【クライスラーアルバム〜愛の喜び(1996.2録音)】
〜 デッカからソニーに移籍 〜
【ガーシュイン・ファンタジー(1998.3.24,26&28録音1998,7リリース)】
【レッド・ヴァイオリン〜サントラ(1997.11.27〜31録音1999.5リリース)】
【Listen to the storyteller(1999.9リリース)】
【ショート・トリップ・ホーム(1998.8.25〜29録音1999.9リリース)】
【ニコラス・モーV協(1996.9.1〜2録音2000.4リリース)】
【シベリウス・ゴルドマルクV協(1999.5.24〜25録音2000.8リリース)】
【ウエスト・サイド・ストーリー組曲(2000.11.18〜20録音2001.6)】
【ハートランド(2001.7リリース)】
【メンデルスゾーン・ベートーベンV協(2000.4.8録音2002.6リリース)】1713年製ストラディバリウス
ギブソン・エクス・フーバーマン
(2002年〜現在)
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【最近の使用者】
…
ブロニスラフ・フーバーマン(〜1936)
ジュリアン・オールトマン(1936〜1985)
ノーバート・ブレーニン(1989〜2001)
ジョシュア・ベル(2002〜現在)
【アイリス〜サントラ(2002.2)】
【ロマンス・オブ・ザ・ヴァイオリン(2003.6.11〜13録音2003.10リリース)】
【ラベンダーの咲く庭で〜サントラ(2005.4リリース)】
【チャイコフスキーV協・小品集(2005.1.27〜31録音2005.9リリース)】
【ヴォイス・オブ・ザ・ヴァイオリン(2004.12〜14録音2006.9リリース)】
【レッド・ヴァイオリンコンチェルト (コンチェルト2006.6.15、ソナタ2007.6.4〜5録音2007.9リリース)】
【ヴィヴァルディ四季(予定)】
2.それぞれのヴァイオリンについての覚書
【Serdet】これはベルがまだ10代半ばのころに借りて弾いていた楽器だと推測される。ヴァルネリ作の名のある銘器である。
演奏者の欄を見ていただくとわかると思うがアイザック・スターンを初めそうそうたる顔ぶれだ。
そんな中にベルの名前があるというのはファンとして嬉しい限りである。
ベルが以前ちらっと出演したNHKの「ストラディバリウス〜究極の音色を求めて」という番組の中で、「ヴァイオリニストの腕が確かなら銘器は必ず彼のところにやってくる、周りが放っておかない」というように言っていたが、それはまさにベル自身の体験から出た言葉なんだとあらためてわかった。
【 エクス・メニューイン;エクス・エバーショルト】(ex-Menuhin;ex-evershort)これも前出のSerdetと同じく名入りの銘器である。演奏者のリストの中にはメニューインの名前も。
ベルがデッカと契約しCDデビューを果たしたのもこの楽器である。
ベルはこの2年後ストラディバリ作の銘器ラ・カンパネラと出会ったため短い付き合いではあったが、若き日のベルを支えてくれた思い出の楽器であることは間違いない。
【ラ・カンパネラ(ベル命名)】(la Campanella)
彼が初めて自分の楽器として手に入れたのは1727年製のストラディバリウス作のヴァイオリンで珍しいギターのような形(右図参照)をしている。
ベルはその楽器が素晴らしい音色を出すとの噂を聞きシカゴのディーラーのところへ赴いた。彼はその音をすぐに気に入り家に持ち帰った。その楽器に慣れるまでには少し時間がかかったようだ。しかしそれは何も楽器に限ったことではなく新しいものに出会うとそれをより深く理解し自分のものにするのには多少なりとも時間がかかるということだ。
それはまるで「結婚するようなもの」であるとベルは語った。
ベルはこのヴァイオリンのことをパガニーニの曲にちなみ、また自分の名前とも掛け合わせて”ラ・カンパネラ”(イタリア語で鐘のこと)と名付けた。パガニーニは言わずと知れたヴィルトオーソで、有名なヴァイオリン協奏曲第二番の終楽章に「鐘のロンド」というのがあり”パガニーニの主題”の中で繰り返し用いられた 。(ウィキペディア参)
偉大な先達ヴィルトオーソのパガニーニに憧れるベルが、初めて自分の力で手に入れたヴァイオリンにパガニーニを象徴する単語”鐘”と自分の名前をかけ合わせた愛称で呼んだと言うのは彼の嬉しい気持ちが伝わってくる微笑ましいエピソードではないか。
その楽器は個性的な形のために敬遠されていたのか、有名な演奏家に所有もしくはコレクションされることなく過ごして来た。それゆえ他の古楽器に比べてずいぶんお値打ちだったと打ち明けている。つまりプレミアがつかなかったということだ。それは若きヴァイオリニストにとっていろんな意味で相性抜群だったといえるだろう。
個性的な形はベルにとってなんら苦にはならなかった。中央部が普通のものよりも広く、f字孔がさらに離れていたが弦の長さは同じで弾いてみた感じは自分がそれまで使っていた楽器とほとんど変わらなかったからだ。彼は言う。
「それは非常に深く低い音域を持っていて−暗い音の楽器で、ヴァルネリに近い響きです。G線がとてもパワフルで、だからより低い音域を追求することが出来ます。それはサンサースのコンチェルトの冒頭のようなものなどに合っています」
彼はそれをより明るく響かせるやり方を習得することに時間を費やしそれをものにした。
彼はコンチェルトを演奏する時にオーケストラのメンバーから若干の好奇心をもって見られたが彼が意識して1オクターブ低音を取っていた際その音に良い反応を得るようになった。そのことは彼がそれまで持ち合わせていなかった新たな個性を与えた。そして彼自身をとても満足させる結果になった。
ベルがラ・カンパネラを手に入れたのは1987年9月のことでそれ以来1994年までの約7年間彼らは共に過ごした。その間にベルが積み上げて行ったキャリアは演奏活動、録音活動共に数限りない。それが彼の今日の栄光の礎を築いたということに関しては疑いようのない事実であろう。
ラ・カンパネラとベル
※「ラ・カンパネラ」・・・パガニーニが作曲したものをリストがピアノ曲として編曲したもので
フジコ・ヘミングの演奏などが有名。
トム・ティラーとベル【トム・ティラー】(Tom Taylor)
ベルとラ・カンパネラの蜜月は長らく続いたがそれも終わりを告げる日が来た。
理由はベルが別のストラディバリウスと出逢ったからである。
そのヴァイオリンは世界でも有数の楽器の一つである証、個体別の愛称を持っていた。
それは”トム・ティラー”と呼ばれる1732年製のストラディバリウスである。
シカゴのディーラーでそれを見たときから彼は恋におちた。
しかしまだ彼はそれを手に入れる術を持っておらずただじっと恋心を温め続けていた。
そうこうするうちトム・ティラーは他の誰かの手に渡ってしまった。
しかし幸いなことにベルはそれを所有者のストラディバリ協会から借りて演奏することが出来たのである。
そして2年の”通い婚”の後、晴れてベルはトム・ティラーと正式に結婚することが出来たのである。
それはまるでRPGの主人公が、所有する武器を次々にレベルアップさせていくかのようにベルのキャリアや音楽活動に更なるスキルを与えてくれたのであった。
※トム・ティラーに関する興味深い逸話として次のようなものがある。
“ある時、有名なプリマドンナであるヨアヒム夫人が、トムティラー夫人の家に滞在していた時、教授が到着して、そこで妻が高貴な聴衆へ歌を歌っているのを見つけた。歌の最中に、召使が飛び込んできて、 女主人に屋敷の最上階が燃えあがっていると知らせた。それでもティラー夫人はすぐれた歌手が歌うのをやめさせなかった。
しかしヨアヒム教授はストラディバリの安全を気遣った、彼はすぐにそれを手に取り、「何が起ころうともストラドは守らねばなりません。」と一言添えて待機していた車に運ん だ。”
また、こんな逸話もある。
“アルバート・F・メスは最近ワーリッツアーからバイオリンを購入した。
才能ある若いアーティストのパトリシア・トラバーズ(★)に渡し?、彼女は最近のコンサートツアーでそれを使った。多くのアメリカ市民は驚異的な音色であるというバイオリンの評判が最早言い伝えでないと知った。トラバース嬢はそれが疑いのない現実のものだということを人々に伝えた!”
【ギブソン・エクス・フーバーマン】(Gibson ex-Huberman)10代のころ”神童”と呼ばれていたベルが円熟した大人のヴァイオリニスト”若き巨匠”へとさらに一皮剥けようとしていた20代後半のころ、彼は一台の赤いヴァイオリンと衝撃的な出会いをした。
「バイオリンに対し今まで持ったことがなかったような気持で、私は、即、その楽器に恋をしました。」彼は言った。「長年の夢が叶った気がします」
それはベルが英国の著名なヴァイオリニストノーバート・ブレーニン氏とのコンサートに出演したときのことだった。ブレーニン氏はベルがそのヴァイオリンをほんの少し試し弾きてみることを快く承諾してくれた。そしてベルはそたちまちそれに恋してしまったのだ。
その音色の素晴らしさについてベルは具体的にこう語っている。
「私は(フーバーマンのバイオリンで)今まで出来なかったことをオーケストラと一緒にごく自然にできると感じています。そのサウンドには、よく響く倍音と輝きがあります。私は今まで楽器に、G弦が響き渡りしかも高音域が美しいというーこの種のバランスに出会ったことがありませんでした」
彼のこの証言がまったく間違いのないものだったということは私たちが耳にしている彼の音色で証明されている。
そんなベルに対しブレーニン氏は冗談半分にこう言った。
「多分いつか、あなたはこのバイオリンを持てますよ。そうですね、可能ならば、400万ドルを都合してくれればですが。」
そのときブレーニン氏は、まさかそれが現実になるとは思いもしなかったであろう。
5年後、ブレーニン氏はギブソン・ストラディバリウスをヴァイオリニストではなくドイツの実業家に売ろうとしていた。
2001年8月にそのことを知ったベルは「胸がむかつく思いだった」と語った。
ベルは想像した。ドイツの実業家に売られたギブソン・ストラドがガラスのショーケースに陳列されている姿を。そしてやがて飽きられまた投資目的で市場に出されることになるのだろうということを。
彼は再びそれをあごに当て演奏しながら涙を流した。この素晴らしい音色が誰の耳にも届くことなく埋もれてしまうのだ。いやそうではない。彼は彼自身が5年間恋焦がれたこの楽器を二度と手に出来なくなると思うと耐え難い気持ちになった。彼は決心した。
「(私以外に)誰もこのヴァイオリンを手に入れることは出来ない」と。
ベルはブレーニン氏と丸二日かけて交渉し、その価格について折り合いをつけた。
支払いのためにベルは、レンタル期間も含めて9年近くをともに過ごしてきた伴侶”トム・ティラー”に別れを告げねばならなかった。それは大きなストレスだったとベルは言う。ベルは長年連れ添ってきたトム・ティラーが自分の手を離れた後不遇な扱いを受けることのないようベストを尽くした。
彼は、インディアナ大学繋がりの後輩ヴァイオリニスト、マーク・スタインバーグに出会い、トム・ティラーを紹介した。スタインバーグはそれをすぐに気に入り、その楽器を買って彼に使わせてくれるスポンサーを見つけた。
おかげでトム・ティラーの行く末についてベルはなんら危惧することはなく、ギブソンの支払いのための資金の多くを調達することが出来た。
ギブソン・エクスフーバーマンとベル
※銘器ギブソン・エクスフーバーマンがベルと出会う前に辿った数奇な運命についてはこちらに有名な興味深い話を載せてあります⇒★
ベルは200万ドルを上回る価格でトム・ティラーを売却し、残りの資金をかき集めブレーニン氏に支払った。
こうしてギブソン・ストラドは晴れてジョシュア・ベルの所有するところとなったのである。
ある批評家がベルについて”自分自身の原点についてどこまでも忠実である”と語っていたが、それはベルが何事に関しても決してあきらめない、不屈の精神を持ち合わせているからだと私は思う。彼がもしブレーニン氏から提示された法外な金額に恐れをなしてあきらめていたとしたら、ベルとギブソンというゴールデンカップルは誕生しなかったのだから。
このことをブレーニン氏はどう思っているのだろう。ベルは言う。
「私が彼のバイオリンを演奏しているという事実に(ブレーニン氏が)好感を持っていると思っています。」と。
花器は花を生けてこそ花器であるが。楽器もまたそれと同じことが言えるはずだ。
(補足)
文及びイラスト ねこりん参考:公式サイトバイオリン記事 cozio.com 鳴るほど!楽器解体全書「バイオリン」
Bel Canto(88) / Classical music's rock star(07) /The Red Violin, Part Two(02) などArticle